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2004.12.25

さらに痛い話

痛い話の終幕。

さて2週間バルーンカテーテルを我慢しました。気絶しないテクニックは身に付けたのでなんとかかんとか2週間やりすごしたのです。そして病院でこれが抜けたときは僕ははれて本当に自由の身となったとおもったのでした。
まあ抜くときは体の内側から物体がズルズル抜き取られる感覚があって、とてもしんどいわけですが、開放されるんだから我慢した。我慢するほかに方法はないわけですし。

さて自由を謳歌できるかとおもっていたら、1ヶ月ほどでまた出口が詰まりました。やばい、このままじゃまたバルーンカテーテルでつながれてしまう。
慌てて、もとい、急いで病院にいって先生に相談すると。
「とりあえずブジーで拡張しよう。ブジーだ。」
「ブジー?」
「金属製の拡張器具だよ」
(心の叫び:「先生それきっとジュネーブ条約違反です」)

処置室で横たわる僕。取り出されたブジー。キシロカインゼリー(麻酔ゼリー)で湿潤されて「処置」

「いいいいてえ、いてえです、せんせえ。もうだめですかんべんしてください僕が悪かったです。」
「ちょちょちょっとがまんしてねえ、もうすこし、はあ」
「いやむりですもうだめです」

どうにもこうにも我慢できないのですが、我慢しないともっと我慢する羽目になるわけですから我慢するんです。
涙がぼろぼろでます。大人になって、悲しい出来事以外で涙が出るというのはそうそうあることではありません。

そしてブジーを10分留置して、抜くと、あら不思議、とりあえず当座はなんとかなるのです。
先生いわく
「でもすぐにふさがっちゃうから、クセをつけるためにしばらく通おう」
そのとおり、1週間でふさがりました。とにかく通ってブジーを通すしかない。毎週泣くんです。大の大人の男が。すすり泣くんです。悲しくてじゃない、痛くて。勝手に涙が出るんです。痛くて。

さて2ヶ月くらいですかね、そのブジー処置を続けていたらなんとなくOKになりました。もう桜も散り始めているよ。
年末から戦った「水分の出口周辺の問題」はこうして幕を閉じたわけですが、まあ1/3年くらいこの問題で痛くてこまったなあと思い出したのは、事の発端がちょうど年末だったからなんです。

ちなみ、痛い、痛い、痛いと3連発になっちゃったわけですが、処置としては間違いのない処置だと思います。先生は最善を尽くしてくれたとおもいます。ただ、普通の病気とちがって上半分は元気ですから、程度の問題で痛さが際立ったのです。
それと、たぶん尿路結石で命が危険になることもそうそうないようです。命の危険がないわりには痛みは大きいというのがこの病気のいやなところですが、僕自身は石そのものより、その先の問題が結構痛かったのでへこみました。
でもまあ、こういう悩みを抱えている人(出口が狭くなっちゃう)は少なくないのでたいした話でもないかもしれません。

さてここからは健康な人へのお願い。
病気のひとに何気なく悪意なく言葉をかける中に、結構へこむ言葉があります。病気の人だって気遣ってくれるひとに食って掛かりたいわけじゃないですけれど、これいわれると結構へこみますので気にとめておいてもらえると助かります。感謝の気持ちをもつどころか、逆の感情も生まれることがあります。本来は感謝なんでしょうけれど、そこは余裕がない状態なわけですから許してください。

言葉のデッドボール

・ 「早くよくなって下さい。」(「早く回復してください」)
いや、よくなってほしいとおもうのは、本人。あなたより切実に本人。そんな簡単に言われても困る。っていうかそんなこというならあなたが僕を早く回復させてください。

・ 「がんばってね」
すでに痛みや症状を我慢したり処置したり治療したりがんばってます。これ以上がんばれとか簡単に言われても困ります。あなたががんばって僕をどうにかしてください。

・ 「どうしてこうなっちゃったんだろうね」(「どうしてそんな病気になったの?」)
いや、どうしてか知りたいのは本人。病気なんてそんなもの。本人は望んでないし予測もしない。そもそもそれをしったところであなたはどにかしてくれるのですか?

・ 「不摂生がいけなかったんだよ」
人間だれだってそうです。たまたまそのバッファが小さかっただけかもしれないのにあたかも不摂生をたくさんしすぎて生活そのものを評論するのは治ってからじゃだめなんですか?

悪意がないのはわかっています。だから指摘しにくいんですが、肉体的に参っているところに精神的にダメージを与えてもいい事はないのし、悪意がないなにげないことばが一番精神的にダメージが大きいので。すみません。

逆にいちばんあたりさわりなくて、適度に気にかけてくれてるなあ、ってかんじなのは

言葉のキャッチボール

・ 「今日(最近)はどう?」
でもべつに詳細を聞くわけじゃなくて単純に痛いとか痛くないとかそんな感じのはなし。こっちは「今日も痛い」とか「今日は幾分らく」とか、その程度の会話で終了するかんじ。ああ、よかったねえ、とか、しんどいねえ、じゃあやすんでてね、とか。

・ 「まあ気持ちだけでもゆっくり休んで」
実際ゆっくりしてる場合じゃないときも、気があせるのだけは他人から指摘されないとわかんないし、体はどうにもできないから。気持ちゆっくりさせる必要が自分じゃわかんないことおおいですから、周りにOKもらうとやすめることができますしね、僕ら現代人は休みに多少の罪悪感があるし。

病人になるとわかるとおもいます。適度な言葉のキャッチボール。

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