文化・芸術

2008.04.29

日本語を話す外国人

ジェロ君がテレビに出ているのをみると、素直に「よかったね。がんばったね。」と思う。

海雪
ジェロ君

僕らが日本にいる限り、出会う外国人の半分くらいは日本語を話す。僕も多くの日本語を話す外国人に出会ってきたし、テレビでも毎日のようにそういう人(外国人タレントなど)を見る。それでも日本語を話す外国人はなにか「特別な人」だと思ってしまうのは、日本人が日本語を外国人に習得しにくい難しい言語だとおもってしまっているからだろう。(特別視している。)

ちなみに、僕が出会った日本語を話す外国人はこんな人がいました。(います。)

・ 中学の英語のアメリカ人先生(奥さんが日本人で日本在住)
・ 高校のスペイン語のバスク人の先生(宣教師で日本在住30年以上)
・ ソフトウェア会社のローカライズのマネジャ(たいてい日本留学経験がある)
・ イタリア在住の義弟(そもそも家族になる以前に日本文化会館で日本語を勉強した)
・ 留学生(いろんな国の)

いろんなバックグラウンドがあって、日本語へのスタンスもそれぞれ違うんですが、みんなよく話します。僕が日本語しかはなさないってのもあるのだろうけど。

僕は言語教育というのはよくわからないし、自分に外国語のセンスもないので適当なことしかいえないのですが、言語学習って、いくつかのブレイクスルーポイントがあるんじゃないかと思っています。
日本語を学習する上でのブレイクスルーポイントもいくつかあるとおもうけれど、そのひとつに漢字があると思います。

漢字はね、数が多いけど、あれが理解できるようになると、いっぺんに語彙が広がりますね。なんせ、意味のある文字の積み重ね(熟語)で単語になるわけだから、はじめてみる単語でも十分に意味が推測できる(そして理解できる)。

だから、日本語学習って今はわりと初期の段階から漢字をやるんですね。これは合理的だなぁとおもいました。
僕の義弟(妹のだんなさん)も、漢字はわりと得意で、漢字の熟語のほうが理解が早いことが多いです。(彼はそもそも日本語を勉強していたから、はじめて会ったときから日本語だった。)

漢字のそういう点に気づいたのは最近で、目からうろこが落ちた気分だった。だって、漢字って何千もあって、形もめんどくさくて、9年くらいかけて覚えるじゃないですか、僕ら。だから難しいものだと決め付けていたけど、後々のことを考えると、最初から(1年生レベルの漢字などで)漢字をおぼえてしまうほうが上達が早いみたいです。

つぎのブレイクスルーポイントは、ちょっとハードルが高いのだけど、和語ですね。熟語ってのは漢語で漢字なわけで、字さえわかれば次々にわかるというシステマチックな側面があって、わかりやすいのだけど、日本語は漢語は借用語であり、話し言葉では割合が少ないのです。そのかわり、自然発生的な語彙である和語が会話の半分くらいを占めます。

で、この和語は日本語オリエンテッドな語彙なので、ひとつずつ意味がわからないと使えない(漢語は分解してそれぞれの漢字の意味がわかればわかってしまう)ので、日本人が外国語をおぼえるように、とにかくおぼえなくちゃならない。実はそのボリュームは漢字を覚えるのより大きいかもしれないです。
さらに、いろんな意味があったり、微妙な違いがあったり、(外国語の基本語彙もそうなんだけど)ちょっと大変です。

「ダーリンは外国人」のトニー・ラズロさんも「和語は難しい」って言っていました。
ダーリンは外国人―外国人の彼と結婚したら、どーなるの?ルポ。
ダーリンは外国人

でも、和語を違和感なく使えるようになると、これは完全に日本語話者として熟練者になりますね。僕ら日本人だってあやしい和語はいっぱいあるし。
カタコトの日本語から、日本語会話へのポイントはこの和語の使い方だとおもいます。

こう考えていくと、僕らが外国語を習得するときも、最初は語彙を、そして文章を、という順番だから、同じなんだなっておもいました。

究極的には、人間同士がコミュニケーションが取れるのならば、誰が何語で話したってぜんぜんかまわないわけなので、僕も相手の言葉を話せるようになるといいなぁといつもおもうのですが、相手が日本語だとついつい甘えてしまいます。

<おまけ>
さらに突き進むと、発音と抑揚が完全に日本人と同じかそれに近い話し方をする外国人がいますね。
ソフトのローカライズで一緒に仕事した米国人たちはなぜかみんなそうでした。
タレントで言うと、セイン・カミュさんやパックン、それから、山形のダニエル・カールさん、ジェロ君もそうですね。

長いこと日本にいてここが超えられないデーブ・スペクターとかアグネス・チャンなどとどう違いがあるのかはちょっと不思議なところです。(カタコトっぽいほうが、タレントとして商品価値があると聞いたことがあるけど、そんなの意味はないよなぁ。)

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2008.04.12

日本(以外全部)沈没

日本以外全部沈没
日本以外全部沈没

「日本以外全部沈没」を見たいとおもったのだけれども、これはやっぱり「日本沈没」を見てから見なくちゃいけないような気がして、ちょっと「日本沈没」は種類がいっぱいあるので、整理してみようと思いました。

「日本沈没」は、1973年版とTVドラマ版と2006年版があります。そうなると、1973年版をみてから、TV版を見て、最後に2006年版を見るのが正しい順番なのかなぁとおもったのですが、すこしヘビーです。

日本沈没
1973年版

日本沈没 TELEVISION SERIES プレミアム・ハザードBOX
TV版はBOXだ...

日本沈没 スタンダード・エディション
2006年版

もうここでへこたれた。無理だ。しかも微妙にみんな話が違う。そもそも、これは小松左京氏の小説が原作だ。

日本沈没 上    小学館文庫 こ 11-1
原作は小説

しかも、さいとう・プロ版の漫画と、現在スピリッツで連載中の一色登希彦版がある....(しかもまだ完結してない)

日本沈没 (1) (講談社漫画文庫)
さいとう・プロ版

日本沈没 1 (1) (ビッグコミックス)
一色登希彦版は継続中

ここまできて、もともとなんで「日本以外全部沈没」が見たかったかを冷静に考え直してみた。

「バカバカしい映画が見たい」

動機はそれだけだった。
パロディ作品は元ネタ作品をみていてこそ、面白いのだろうとおもい、元ネタを見ようと思っただけなのに、元ネタがこの状況だと、楽しむ余裕がなくなっちゃう。

僕なりの結論として、「日本以外全部沈没」はパロディ映画としてではなく、単なるバカ映画として、それ1本だけ見ることが一番ラクで楽しいんじゃないか?ということになりました。

これでも結構悩んでだした結論なんだけど、結果として悩む必要がなかった問題だった....

<追記>
TSUTAYAで日本沈没2006年版を借りてきた日の夜に、TVで放映されてしまった。
うちは新聞を取らないし、普段TVをあまりみなくなってしまったので、こうなったのだけど、まあ半額だったからいいやってキモチ。

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2008.03.19

復活祭

ローマではそろそろ復活祭(パスクァ)の週だったので、あちこちで復活祭用の準備の品物を見ました。

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リンツのチョコウサギ。

あんまりキリストの復活の話がピンとこないわれわれ日本人ですが、ローマでは結構食品売り場とかは盛り上がっていました。

イタリアと関係ないけど、僕は復活祭というと、リムスキー・コルサコフの序曲「ロシアの復活祭」という曲がお気に入りです。

R・コルサコフ:シェエラザード
R・コルサコフ:シェエラザード

たいていシェエラザードのアルバムにあわせて収録されていることの多いこの曲は、割と辛気臭い(注)導入から、きらびやかなフィナーレまで、天才リムスキー・コルサコフの魅力がたっぷりなのですが、この曲の辛気臭い部分は、先に死んだムソルグスキーボロディンというロシア五人組の2人の作曲家にささげられています。
ムソルグスキーは結構不遇の作曲家で、聞いているとやっぱ不遇だったんだなぁという気がします。
ボロディンは化学者で医者だったので、そのあたりは曲に余裕があるかんじ。
そんな2人への友情としてささげられた曲ですが、ちょっとかわいらしいコラールみたいな部分もあって好きなのです。

作曲家の友情といえば、前に紹介したウォルトンの「ヒンデミットの主題による変奏曲」はなかなか楽しかったです。

ヒンデミット : ウェーバーの主題による交響的変容 / ウォルトン : ヒンデミットの主題による変奏曲 他
ヒンデミット : ウェーバーの主題による交響的変容 / ウォルトン : ヒンデミットの主題による変奏曲 他クリーヴランド管弦楽団 ヒンデミット ウォルトン


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ヒンデミットの「ウェーバーの主題による交響的変容」とカップリングになっているこのCDは、その趣旨が面白い。
申し訳ないけど、僕にとって「ウェーバーの主題による交響的変容」は、とても眠りやすい曲で、眠れないときにこれを聞いていると第2楽章あたり以降の記憶がなく朝を迎えられるというとてもありがたい曲なのですが、曲自体はとても面白いです。
だいたい、最終楽章なんか、葬送行進曲をあれだけ楽しげにアレンジする人は僕は知らない。

これに呼応するように、「ヒンデミットの主題による変奏曲」も楽しい曲です。辛気臭い英国人作曲家のなかでも辛気臭いウォルトンにも、こんな曲があるんだ!って感じです。
(ウォルトンは交響曲第1番が絶望的で救いがないので、好きじゃない人も多いけど、結構いい曲つくってますよ。)

ちなみに、ヒンデミットはこの曲ができたことをとても喜び、友情に感謝し、自分で指揮することをとても望んでいたのだけど、その希望かなわずに亡くなってしまいました。

復活祭から、話がつれづれに作曲家の友情までいってしまいました...

(注)僕はよくクラシックの曲に「辛気臭い」と書くことがあるけれど、あんまり悪意はないんです。荘厳な、とか、情景深いアンダンテとか、そういう表現が恥ずかしいっていうか、まあ、そういう感じ。

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2008.03.16

バチカンへ はじめてのおつかい

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サンタンジェロ城から、サンピエトロ大聖堂を撮った

一人でバチカンへ行ってきました。ローマ市内はatacのバスの路線がいっぱいあって、それも頻繁に走っているのですが、降りる停留所の名前がわかっていたとしても、車内でアナウンスされるわけでも、電光掲示板に出るわけでもなく、「風景で場所を判断してボタンを押して降りろ」という感じなので、どうにもこうにも住んでいる人以外ほとんど使いようがないわけですが、今日はがんばって一人でうち(妹夫婦の家)から、バチカンまで行ってきました。

路線バスは乗り方、路線、経由地、降りるところの風景、通りの名前さえ把握していれば、1ユーロで75分乗れるし(乗り換え可、バスと地下鉄を通して乗ることもできる)、本数は多いし(でも時刻表は事実上ないのと同じ)、あちこちに走っているから便利なので、なれればきっとドコへでもいける便利な交通だと思います。
でも観光に使うのは、ちょっと大変かも。今日も外国人が間違えて乗って、しかも降り方がわかなくてパニックになっていたのを見ました。

こういう交通のことも含め、外国で生活して慣れるまでは相当な努力がいるんだなぁと、つくづく思いました。(注)

いや、ほんと「はじめてのおつかい」状態でした。途中の停留所とか駅とかで2回乗り換えとかなので、風景に気をつけました。
風景に気をつけられるのは、長く滞在して、毎日案内をしてもらって出かけたからなので、本当に感謝です。

さて、大聖堂ですが、割と早くに行ったのに結構混んでました。土曜日ってのもあるかもしれません。
大聖堂の中は、想像を超えるすごいものだったです。写真はなんか整理がついてないので、また今後ちょっとアップします。

見たあと、お腹がすいたのでサンピエトロ広場の前の屋台みたいな店でピッツァと水を買ったら6ユーロもして、しかもかなりまずかったです。いままであんまり観光客のいない店(つまり、おいしくて値段が安い地元の人が行く店)でばかり食べさせてもらっていたから、ずいぶん甘やかしてもらったんだなぁとおもいつつ、帰ってきました。

バチカン観光は結構歩くことになります。バス停(サンタンジェロ城あたり)から、サンピエトロ大聖堂の中まで、結構距離があります。

(注)
交通もそうだけれども、買い物、言葉、習慣、食べ物、本当に違うから本当に生活は大変だとおもう。(というか、大変だと妹はいつも言うが、それは身に染みてわかった)
すこし日本はサービス過剰かともおもうし、逆にローマでは「それはないんじゃないか?」と思うこともおおい。

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2008.03.15

仁和寺のオレ

僕(や家族)は観光にいっても、手前の門とかをみて満足して帰ってきちゃうことが多くて(あとで気づく)、それを僕らは「仁和寺」というのですが、まあローマでも仁和寺の法師みたいなことをしています。

レスピーギの「ローマの松」の最後の曲、「アッピア街道の松」とはどんなものか見に行ったのですが、興奮してて松のことなんかわすれて帰ってきちゃった。

アルケオバスに乗れば、アッピア街道からカタコンベ、それから水道橋までいけるというので、乗って出かけていったのですが、カタコンベでお腹いっぱいになってしまった挙句、なぜか水道橋までいかず帰ってきちゃったりして、13ユーロも出してなんだったんだろうという感じでした。
まあ僕の旅行はいつもこんな感じ。

アルケオバスは、コロッセオ、カラカラ浴場、ローマの城壁を経て、アッピア街道に入り、カタコンベ、チェチーチア・メテッラの墓から市内にもどって真実の口、などをオープンエアのバスが回ります。日本語の音声ガイドもあります。

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コロッセオ

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カラカラ浴場

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チェチーチア・メテッラの墓

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カタコンベ(サン・セバスティアーノ・フォーリ・レ・ムーラ教会のファサード)

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真実の口

真実の口は、この「本物」のほかにローマ三越に偽物があって、それをみて本物をみないと、それこそ「仁和寺にある法師」なのですが、よくローマ三越の袋をもった日本人観光客を見かけます。
ローマまでいって三越にいくこたぁないだろうになぁ。

ローマは市内にいろいろ観光名所集まっていて便利なのですが、歩くと大変。でもATAC(市交通公社)のバスは乗りなれないと難しいので、こういう観光バス(オープンエアなのが楽しい。アルケオバスのほかに、市内観光の赤い110バスなどがあります。)は、短い滞在の場合は非常に便利だと思います。

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2008.03.09

今、ローマにいます。

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コロッセオ

昨日からローマにいます。

今日はイタリア人の義理の弟に案内してもらって、フォロロマーノとコロッセオにいってきました。
スクラップ&ビルドの文化の日本にいると、2千年前の建物が存在しているということ自体、想像の埒外なので、とにかくすごいなぁという感想です。(東京は、たかだか400年ほどしかたっていない。京都が1200年ほどだ)

言葉は結構困っていて、イタリア語はぜんぜんわかりません。(スペイン語では、すぐ言いたいことが出るのだけど、それはいみがありません。)
こちらに来る途中、パリの空港で間違えて携帯電話を税関の外の2階から(税関の向こうの)1階に放り投げてしまって、非常に困りました。税関の職員の方が拾って持ってきてくれたので助かったのですが、フランス語はわからないし、結構あせりました。
イタリアでは妹夫婦がいるので、大助かりです。ありがとう。

もうしばらくローマにいる予定です。

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2008.02.15

グリーティングカード

今年は、チョコとか物とかではなく、「グリーティングカード」をデザインしてもらって、送ってもらうお願いをしたら、ずいぶんかわいいのが送られてきて、とてもうれしかったです。お見せできないのが残念ですが。

デザインする仕事をしている人に、自分のためにデザインしてもらったカードをおくってもらうってのはとても贅沢ですね。すごくうれしかった。

ああ、僕に年賀状くださったのに、送れていない方や、ご無沙汰のかたに、僕もカードをつくって送ろうとおもいました。

(ウェブログみててくれれば、「生きていること」は伝わるとは思っているのですが、記事の内容があんまりにあっちこっちに深くアレゲになるので、挨拶になってないですしね)

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2008.01.19

ところてんが食べたい

ホルストさん、ムーアサイド組曲の第3楽章が辛気臭いっていってごめんなさい。いや、いい曲なんですよ、本当は。


組曲「惑星」の第1楽章「土星」ですが、「ところてんが食べたい」に聞こえるのは僕だけじゃないようです。
下のニコ動の動画は、2004年にミューザ川崎でジャナンドレア・ノセダ/BBCフィルハーモニックのライブですが、これいいです。

とくに4:07から、ノセダが「ところてんが食べたい」と全身で表す様子がすばらしいです。

いや、まあ、ジャナンドレア・ノセダってすばらしいです。この素直でダイナミックな指揮、すごい大好きです。
これからももっと活躍してほしいですね。
(死ぬ直前のカラヤンの指揮をすごいっていう人がいますが、ぼくには少しわからない。勉強不足?)

ミューザ川崎といえば、僕の元同僚のホルン吹きの人が働いています。こないだ電話したら元気でした。

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2008.01.06

ドラゴンの年

いや、今年はねずみ年らしいですが、年明けからずっと聞いているのが、スパークの「ドラゴンの年」。

いわゆる「鼻血ドラゴン」と呼ばれている、Britannia Building Society Bandによる金管バンド版のこのライブ録音。


ヨーロピアン・ブラスバンド選手権 1992

ああ、すごいなぁ。これは鼻血だなぁ。と思いました。
こんな演奏ができたら死んでもいいなぁとおもいました。多分演奏の前に練習で死にますね。
あんまりすごいので、うまく感想が書けないんだけど、まあ、買って聴け。

ドラゴンの年の解説については、こちらのウェブログを参照してください。
h-ongendo1964: ドラゴンの年

この演奏を聞いた後、東京佼成ウィンドオーケストラのCDはちょっとあんまり面白くなかった。得手不得手があるんだなぁ。

金管バンド版ではなく、吹奏楽版はオランダ海軍のがよかったのですが、ちょっとCDが8枚組でヘビーなので、すこしためらってしまった。


オランダ王国海軍軍楽隊 60周年記念【8枚組CD】

いずれにせよ、すごい曲。鼻血。

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2007.12.02

新世界 シンバル

なぁんにもやる気が起こらないので、珍しくドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」(カラヤン・ベルリンフィル)をぼーっと聴いていました。

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」カラヤン(ヘルベルト・フォン) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ドヴォルザーク

TOSHIBA-EMI LIMITED(TO)(M) 2007-07-25
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超有名な曲なので解説はしないですけれど、この古典的なソナタ形式のシンフォニーは、第3楽章がとても魅力的です。有名なのは第2楽章(勝手に歌詞までつけられて歌われている)と第4楽章(ジョーズ)ですけれど、第3楽章のスケルツォはもっとフィーチャーされてよいと思います。

新世界におけるシンバルの扱い(注1)については、有名どころの話じゃなくて、いろんなエピソード(注2)がありますが、僕はこのCDのシンバルが、ぜんぜん聞き取れなかった。何度聴いても、シンバルが鳴るべきところでシンバルが聞こえない。でもまあ、これのシンバルってそんなもんなんだろうとおもうと、それはそれでいいんじゃないかな、といい加減な気持ちがしてきました。

まあ、その辺どうでもいいわりには、やはりすばらしい曲だなぁと感心します。どうでもよくないんですけど、本当は。

(注1)ググれば一発だけど、全曲通して第4楽章の1小節だけ、mf(メゾフォルテ)で7拍伸ばす、という指定。シンバル奏者はこの一音のためだけにずっと立っているわけで、そういう意味では「バンダの出番が少ない」程度のことは問題じゃない。
が、まあ、第3楽章にだけ出てくるトライアングルの奏者が第4楽章でシンバルを打てば、合理的なので、結構そういう演奏もある。

(注2)緊張するあまり、この一音を鳴らし忘れた奏者、鳴らし忘れた奏者に激怒する指揮者など。ドラマのテーマにすらなった。

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2007.11.01

展覧会の絵

ムソルグスキー:展覧会の絵(ピアノ&オーケストラ版)ムソルグスキー:展覧会の絵(ピアノ&オーケストラ版)
ラヴェル カラヤン(ヘルベルト・フォン) ムソルグスキー

ユニバーサル ミュージック クラシック 2006-11-08
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栗きんとんのCMで流れていた(注)、ムソルグスキーの「展覧会の絵」。一般的によく知られているのはラヴェルがオーケストラ向けに編曲したやつで、原曲は結構荒削りな、あんまりぱっとしない曲だという印象です。このCDは両方収められているので、聞き比べができて楽しいです。

で、ピアノ版はあんまりぱっとしないと書いたのですが、モチーフになったハルトマンの絵は、(オーケストラ版のイメージから考えると)腰が抜けるほどもっとぱっとしない。

でもまあ、見れば見るほど、ハルトマンが背負った業みたいなもの、そして、その死、そしてその死を悼んで作曲したムソルグスキーとまた、その彼の業。いろいろ思いをはせることができます。

そういう意味では、たしかにラヴェルはオーケストレーションの天才だとおもうし、彼の編曲は「展覧会の絵」をとても有名な曲にしたんだけど、そういう微妙な雰囲気っていうのはあんまり伝ってこないです。

なんか、ムソルグスキーに関していえば、有名だけどすこし難解でおくが深いというのが、僕の持つ印象です。

(本当はヒンデミットについて書きたかったのですが、ヒンデミットについて書くにはすこし手持ちの素材が足りないので、素材がたまったら書きます。)

(注)力士としての現役時代の龍虎氏を知らない僕は、ずっと彼のことを「料理天国に出てくる食いしん坊の正体不明のデブ」という認識でした。それはそれでごめんなさい。

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2007.10.29

「この駅名に問題あり」

この駅名に問題ありこの駅名に問題あり
楠原 佑介

草思社 2005-04
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地名研究家として、日本の地名のあり方に警鐘を鳴らす楠原佑介氏の著書。

僕が出た大学は、「都市論」みたいなのを研究しているところがあって、そういう意味では都市論というのは興味のある分野だし、その一部として「地名研究」っていうのは重要なファクターだと思います。

品川駅は品川区になく、目黒駅は目黒区にない。これはわりと知られた事実。
そういう日本の地名や駅名のつけかた、あり方について、考えさせられる著作だった。また、地名を研究するということについて、そしてこれまでの活動はとてもすばらしいことだということを認識した。

だけれども、あえて言えば、この著作はすこしアレだった。問題をグローバルに(「外国人がみたら、どう思うだろう」など)と言うかと思えば、500m程度の位置の違いをもって、その駅名に異議を唱える(新御徒町)など、そのフォーカスが極大化したり極小化したり、読みづらかった。
たとえ話に文革をもってきて批判するってのは、あまり賢明じゃないと思う。(注)

地名の問題ってのは、そのフォーカスが大きくなったり小さくなったりするのは(その地名、地域の勢力、影響などによっと左右されるから)当たり前だとしても、そのフォーカスがすこしズれているような気がした。(大きいほうにも小さいほうにも)

読み終えた印象は「川島令三氏の著作を読んだような後味」。

実際のところ氏の活動は、その活動自体はとても有意義だし、文化的側面からもとても重要だと思います。だから余計に、「べき論」からすこし距離を置いて、現実的な提案をされたほうがよいと思う。そうでなければ、広範なシンパシーを得られず、運動として失速する。(戦後の日本の野党と同じ。)

(注)意見の合わない相手を「ファッショ」だと批判すること自体が「ファッショ」だという矛盾、とはちょっと違うけど、まあ、文革みたいなのはそれをまともに相手にして批判すること自体、ちょっとアレ。もう、文革なんていうのは、アレなんだからしょうがないじゃん。(肯定するわけじゃないけど、歴史的事実なんだからしょうがないというあきらめがないと、人類に未来がないでしょうに。)

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2007.09.25

元気の出るクラシック、シンフォニエッタ、ソコル、そしてバンダ

威風堂々~元気の出るクラシック
威風堂々~元気の出るクラシックオムニバス(クラシック) オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 デュカス


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このCDは、おかしないきさつで見つけたものです。僕はヤナーチェクの「シンフォニエッタ」のチェコの楽団が演奏しているものをamazonで探していたのですが、なぜか検索にこいつがひっかかりました。
シンフォニエッタの第一楽章が収録されているのですが、それのどこが「元気の出るクラシック」なのか、僕にはよく理解できません。(ヤナーチェクの音楽で元気が出るというのは、多分すこし特殊だとおもう。僕はまあその特殊な部類にはいるのだろうけど、あまり一般的ではないと思います。)

「シンフォニエッタ」についての話をする上で、必ず出てくるのが「ソコル」です。スラブ系の言葉で隼だとか鷹だとかを意味する言葉ですが、チェコでは「民族主義的体操団体」(そんな日本語は今作った)のことをさします。民族主義と体操がどうつながるのか?21世紀の日本にいる僕らには今ひとつわかりづらいことなのですが、当時のチェコ(スロバキア)の民族主義と民主主義の萌芽、そしてその結実としての「ソコル」については、福田先生という方が書いていらっしゃるのでそちらをご覧ください。

シンフォニエッタへの軌跡 ― ソコルとヤナーチェクと「愛国心」


身体の国民化
多極化するチェコ社会と体操運動

さて、ソコルの話は福田先生が総括してくださるとして、シンフォニエッタのもうひとつの特徴は「バンダ」です。
この「バンダ」っていうのは、オーケストラの編成とは別にいる、ファンファーレを吹く金管演奏者たちのことです。たいていエキストラ(通称トラ)がやるわけですが、シンフォニエッタの場合

第一楽章:バンダとティンパニだけが演奏する
第二~四楽章:オーケストラ(ティンパニ含む)だけが演奏する
第五楽章:オーケストラとバンダが演奏する

っていう感じです。第一楽章は、オケの人は座ってるだけ。間の楽章はバンダのひとがたってる(ことが多いとおもう)だけ。最後はみんなで演奏。
演奏していない間はだまーってる。おかしな感じがしないでもないですね。

ちなみに、今は亡きアルフレッド・リードの第四組曲「音楽のまち」(The city of music)でもバンダが出てきます。第一楽章だけ。

僕はこれをリード翁自身の指揮で演奏したことがあります。バンダとして。
(トラじゃなくてメンバーで、バンダの編成を組んだ。)

リードの組曲はこのCDにまとめられています。

アルフレッド・リードの世界 Vol.2アルフレッド・リードの世界 Vol.2
東京佼成ウィンド・オーケストラ フィルハーモニア・ウィンド・アンサンブル リード

ソニーミュージックエンタテインメント 1997-06-21
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この曲は三楽章構成でバンダの出番は第一楽章だけ。だからバンダは最初にパ~ンって吹いて、あとは曲が終わるまで舞台の横で立ってるだけなのです。なんていうか、本番(っていうかゲネプロ)まで気づかなかったのですけど、あれって結構間抜けでした。
ちなみに、音楽のまち(The city of music)って群馬県高崎市のことです。(作曲のいきさつ)

さて、話を戻して、チェコのオケによるシンフォニエッタの演奏は見つかりました。

<

ヤナーチェク:シンフォニエッタ/タラス・ブーリバヤナーチェク:シンフォニエッタ/タラス・ブーリバ
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 ノイマン(ヴァーツラフ) ヤナーチェク

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でもまあ、元気の出る音楽じゃあ、ないとおもう...やっぱ。バンダ(ファンファーレ)があるにしても。

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2007.09.24

子供の壁画から感じる、知財ビジネスの閉塞感

Img011_3
シャインホワイトとレッドビクトリー

これはある場所でみつけた、小学生がかいた壁画。味気ない工事機械置き場の外壁にボランティアとしてかかれたものです。

これをみつけた瞬間、やるせなくなりました。子供たちは、身近なキャラクターとして2つの絵を、作為なく「描いちゃった」。できあがったところをみた先生はドキっとしたのでしょう。そして、免罪符としてオリジナルキャラクターだということを示すように横に名前を「書いちゃった」。その結論に至るにはさまざまな葛藤があったのだと思います。
子供たちは何気なく身近なキャラクターを描いただけであって、なんら作為はない。それに対して白く塗りつぶしたりすることはもちろんできず、そのままにしておくとあとで面倒な問題がおきることも自明で、非常に葛藤した結果だとおもいます。が、その結果がとてもこっけいで、そしてとても悲しい、この名前というエクスキューズです。

これは、以前にあった事件から考えて、の、ことなのでしょうけれど、子供たちが描く絵にそういう制約をつけなくてはならなくなってしまったという事態は、由々しきことだと考えています。

ものを創造するということは模倣することからはじまり、そこにオリジナリティを加えていくという過程があるからこそ、そうして創造されたものについて価値が生まれるわけであり、その根本的なところで子供たち(や教育現場)が萎縮してしまうようなことはあってはならないと考えます。

アニメ・コミック・キャラクタービジネスをはじめとする知財ビジネスは、模倣なき創造はありえないのに模倣を許せないというジレンマが常に付きまといます。

例としてあげると、知財の模倣(パロディ)だらけの同人コミックの世界に対して、権利を振りかざしつぶしてしまうと、よい新人がそだたなくり、未来のビジネスが立ち行かなくなる。さりとて、放置しておくと、自社の知財の価値が相対的に低下するから、これはこれでビジネスがたちゆかなくなると危惧して対策をとらざるを得ない、ということがあります。
産経新聞:知はうごく:著作権攻防(6-3)模倣が生む才能

自分の知財を守るために血眼になってまわりを見回り、すこしでも侵害があると目くじらを立てるような件がおおくなっています。(どことはいわないけど、日本のアニメ・コミックから着想したくせに、その原案には対価を払わず、自身の成果については権利を振りかざす某WD社とかね。)

だけど、やはりそこにはバッファがあって、ある程度の寛容さを持っていなければ、やはりビジネスとての閉塞感は、取り去れないのではないでしょうか?


ディズニー批判序説
盗むディズニー訴えるディズニー

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2007.08.11

フルCGの人間の顔 MSイグルー

機動戦士ガンダム MSイグルーをボーっと眺めていた。

機動戦士ガンダム MSイグルー 黙示録0079 ジャブロー上空に海原を見た 1機動戦士ガンダム MSイグルー 黙示録0079 ジャブロー上空に海原を見た 1
石川英郎 長沢美樹 飯塚昭三

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最初はフルCGで描かれる人間の顔ののっぺりした感じに違和感があったのですが、見ていくうちに慣れれました。数あまたあるガンダムのサイドストーリーのうちでは、優秀な作品だと思います。
(っていうか、ガンダムは勝手に作ったサイドストーリーが多すぎな気もします)

各話、なかなか魅せる話の展開とキャラクターの絡み合い、そしてメカニック。フルCGでここまでの作品をつくれるとは正直期待していなかったので、とてもよい作品だったと思います。

映像レベルでは、外人がコスプレしているだけの「ケツアゴのシャア」や「G-SAVOR」なんかよりずっと上ですね。

このテクニックがあれば、ガンダムセンチネルも映像化できるになぁとおもいながら、あれは版権関連で難しいのかなぁ、とも。

ガンダム・センチネルガンダム・センチネル
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まー、それでもフルCGでモデリングされ(そしてモーションキャプチャをつかって動きをつけられた)人間に違和感があるのは、次の2点のせいだとおもいます。

1. 顔のモデリングが左右対称で作ってしまうことが多いから。
2. モーションキャプチャするとき、自然な動きではなく、トラッキングしやすいモーションキャプチャ用の動きをしてしまうことが多いから。

1. については、たとえばShadeの神様とよばれる園田浩二さんがもモデリングするときも、たいてい、(この人あんまり人間をモデリングしないけど)「ろくろ」をつくって基本の凹凸を作った後に細かい手入れをしますから、左右対称になりやすいのです。でも人間の顔って左右対称じゃない。だからそこに違和感がでるわけです。

2.  に関して言えば、これはもうしょうがないというか、モーションキャプチャでもできることととできないことがありますから、できるだけ動きをトレースしやすくするには、実際はあまりやらない不自然な動きってどうしても出ちゃうんですよね。

まあ、そういう違和感は、見ているうちに結構消えてくるものなので、MSイグルーはなかなかよい作品だったと思います。音楽もね。

話の内容としては

1. 毎回ジオン軍のビックリドッキリメカがでてきて、そしてたいていパイロットが戦死
2. MSイグルーというわりにはMS(モビルスーツはあんまり出てこない)機動戦士ガンダムというわりにはガンダムは全編通して1カット、それもよくみていないとわかんない。
3. 連邦軍のザコメカ(ボールとかサラミスとか)が超強い

あ、いや、話の本筋とは違いますが、たいていそんな感じです。

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2007.07.04

斎藤昌三とその装丁


書痴斎藤昌三と書物展望社

前に紹介したぼくのおじいさんのおとうさん(おとうさんのおじいさん)に関する本ですが、読んでみるとまあ知っていることと、知らないことのミックスでした。(あたりまえか)
目録的に昌三の作品を紹介しているので、これは資料として(どんな作品を出していたか、そのときどういう状況だったかということがわかるので)とてもよかったです。

で、その記事を書いた後、ちょっとした出来事がありました。現在進行形の出来事なので、一通りことがすんだらこのブログで報告しますが、やはり、ポイントとなったのは「蓑虫3万匹捕まえて、本の装丁に使った」というあたりでした。

蓑虫の話を大叔母(昌三の長男のお嫁さん)と話したとき、新しい事実がわかりました。

「じつはね、浅草海苔でもやったのよね、本。私がお嫁に来たあたり」

大叔母がお嫁に来たのがいつ頃なのか良くわかんなかったのですが)大戦中か戦後すぐだとおもう)、浅草海苔で装丁された本ってのは、現在どうなっているのだろう???とかおもいました。

また、記事を書きます。

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2007.05.15

書痴斎藤昌三と書物展望社

島田洋七氏が自分の祖母の話を書いたらベストセラーになりましたね。
まあ、なかなか身内の話を本にして、みんなが見る機会というものもないんじゃないでしょうか?

僕のおじいさんのおとうさん(おとうさんのおじいさん)に変わった人がいて、その人をネタに八木さんという方が本を書いていたので、注文しました。(ちょっと意味がわかりにくいですね)


書痴斎藤昌三と書物展望社
(リンク修正しました)

八木さんというのは、古書界の生き字引のような方だそうです。
僕はこの斎藤の曾孫でありながら神保町界隈に足を踏み入れたことはなく、「書物展望」については京都の臨川書店が復刻したものがひとそろえ父の実家にあるのはわかるのですが、なんかさわっちゃいけないような気がして、手にしたことがありません。
曽祖父には会ったことはないけれど、変わった人だということは周りの人の話を聞くたびに感じていました。昔、月刊朝日かなんかにも取り上げられていましたが、まあ、変わった人ですね。
本の装丁を蓑虫でやってしまうなんていうのは、他にきいたことがありません。

自分のルーツを探るのに、その人が遺した本ではなく、他の人がかいた本を読むっていうのが、安直な感じではあるのですが、とりあえず入り口として昌三というひとがどういう人であったか(そして他人にはどう見えていたのか)を知ろうと思います。

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2007.01.07

とっくん(トロ)とダヤン

うちにはネコがいます。今年12歳になります。今はおなかの大きい昔の彼女と学校へ行く途中にみつけたかわいいシマシマコネコだったものが、なぜかうちのコになって、うちの母が育てました。
(もともと手足の太いネコだったので、大きなネコの素養はあったもようで、1歳未満で5kgまでおおきくなりました。)

最初「冷やし中華」という名前にされそうになったところ、新宿地下通路の公衆電話から慌てて「トロロ」と命名したのを覚えています。そのうち、「トロ」っていわれたり。「トロチ」「とっくん」あと、僕はよく「ボウズ」って呼びます。

Akachantokkun
あかちゃんのときのとっくん。
気が強い顔をしている

子供のころはネコはあんまり好きじゃなかったんですが、飼ってみると(実際世話をしてのは、序盤は当時の彼女、中盤からは僕の母)結構かわいいもんです。
キマグレというのはちがいます。ガンコなんです。んで、カッコツケ。失敗をごまかしたりします。

母と妹が「食べたいんだからたべさせなきゃかわいそう」「太っていたほうがかわいい」という理由と、もともと大きい体格のため、どんどん大きくなってしまいました。
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お気に入りのダンボールでひっくり返る
もはや別の動物にしか見えない

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でも結構かわいい表情もします。

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最近はよくいっしょに寝ています。寒いし、僕もとっくんも眠いから。
イタズラ大好きなところと、目が大きく顔がキツめなのは、いつもダヤンに似ているなあと思います。
(ネコ馬鹿)

うちに(毛むくじゃらの)動物がいることって、いるだけで癒されます。
父と三十路独身男の2人暮らしには欠かせない存在でもあります。

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2006.12.31

スーパーエッシャー展に行ってきました (説明ガイドはDS Lite)

bunkamuraのスーパーエッシャー展に2人で行ってきました。

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チケットを写真にとるのは権利的にはどうなのか?

前売りを買い損ねて、金券ショップで買うことを試みるも1枚しかかえず、チケット購入に結局30分の行列です。
中もすごく混雑していました。出てくるまで2時間くらいかかりましたが、逆にゆっくり見ることができたという印象です。

前回(1990年、小田急百貨店)で見たときとは見せ方がちがって、「不思議な世界の絵」というフィーチャーのしかたではなくて、エッシャーという「芸術的な版画職人」がどういう年代にどんなことがあり、それが作品に反映されていくかということを時系列的に、そして網羅的に見せてくれる展覧会なので、初期(高校生)のときのリノカットの作品から、イタリアの風景を収めた版画、平面の正則分割にいたる過程、そして、3次元としては不可思議な作品まで、よく作品を堪能できました。

また、エッシャー自身が、平面の正則分割について考察したノートや、有名な「滝」へいたる習作なども見ることができます。

実はこの展覧会には、入場者全員に白のDS Liteが貸し出され、DSのソフトによる音声とタッチパネルによるガイドがつきます。これもよくできていて、このソフトほしいな、とおもいました。(オリジナル)

あと、よくこれだけの白のDS Liteを集めたもんだとも、別の意味で感心しました。

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